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2006'01.19.Thu
潮騒
プリチーの続き③

潮騒



 を迎えにいくと、彼女はヴィンセントにヘルメットを被せた。彼女は爪先立ちでふるふると震えながら、彼に腕を伸ばした。ヴィンセントが僅か頭をかがめてやると嬉しそうに笑った。歳は、たしかユフィと同じくらいであったか。ヴィンセントはタイプの違う二人の少女を思い描いた。のまだ幼さの残る笑みにどうしてか穏やかな心持にさせられる。ひどく、柔らかい感情が蠢いた。

 彼女は大きなバイクに跨った。華奢な彼女が乗りこなせるだろうとはとても思えないものだ。確かクラウドもこんな形のものに乗っていと思い出す。いつだったか、がクラウドとバイクの話をしていた。はさあこい、とヴィンセントを後部座席に導いた。彼は黙って従ったのだが、どこにつかまるものかと困惑する。彼の戸惑いもお構い無しに、いきまーす・と二人を乗せた大型バイクは車道を走り抜けた。ヴィンセントはつい、少女の腰に腕を回してしまい、朴念仁の彼であったがしまったと後悔した。が、肝心のはそんなこと氣にもしない様子でガンガンスピードを上げていった。(はスピード狂なのか)ヴィンセントは一見おとなしそうに見える少女の栗毛を眺めていた。




 どれくらい走っただろうか。時速100キロは出ていると思われるスピードで、彼らは道を走りぬけた。都市から離れ、標識に従って海を目指す。途中一回だけ水分補給に小さな停留所に立ち寄った。誰も居ない。無人のドライブスルーだ。は潮の臭いがすると呟いたが、ヴィンセントの嗅覚はそれを捉えなかった。

「わたし、実は、海辺の町で育ったんです。だから、泳ぐの上手。」
「匂いも、わかるのか?」
「え?」
「さっき、言っていた。潮の、香りがすると。」
「懐かしくなるんです。胸が潰されそうに。匂いが教えてくれるんです。此処は、まだ、あんまり香らないけど、もう少ししたら、ヴィンセントさんにもわかりますよ。早く潮騒が聞きたい。」

 彼女はすばやくヘルメットをつけ、バイクに乗り込んだ。細い腕がこんなに大きなハンドルを支えているとは思いがたかった。ヴィンセントは今度は戸惑うことなく自然に少女の細腰に腕を回す。彼は女のウエストのサイズなど知らなかったが、ただ頼りないなと感じた。彼の赤マントが風に流されバサバサと音を立てている。はいろんなことを喋った。携帯はもうちゃんと使えるか。ちゃんと食事をとっているのか。今度家に遊びに来い。皆でピクニックにでもいこう。ヴィンセントは彼女の言葉にただ頷き、潮の匂いを嗅いだ。これがの心を締め付けるのだと思うと、どうしてか彼の胸もわずかに忘れかけていた切なさを覚えた。

 海岸独特の植物の隙間から、海が見えた。広い。なんて広い蒼だろうか。空の色を写す鏡が白く波打っているのが見える。

「海ですよ!!ヴィンセントさん見えますか!」
「ああ。綺麗だ。」



 は海岸へ降りると、ブーツを脱ぎ捨てはだしで駆け回った。ヴィンセントはじっとそれを眺めていたが、時折り水などをかけてくる少女に苦笑した。彼女はまだ幼い。言い聞かせるように呟いていたことに彼自身が驚いた。一通りはしゃぎ、は満足したのか、荷物から採水ようのケースを取り出し、ズボンを膝までめくり上げて濡れるか濡れないかのぎりぎりでそれを海水で満たす。何色だろう。上から見たときのような、美しい蒼ではなかった。は少し哀しげに云った。ほぉら、汚れてる。ヴィンセントは何も云わなかった。

「ヴィンセントさん、こっち。こっち来て下さい。」
「なんだ」

 ヴィンセントはなんの警戒も無く彼女の隣に歩み寄った。はにこりと笑い、彼の体を蹴り飛ばした。重心の丁度よい場所にあたったのだろう。ヴィンセントは面白いくらいに海へ飛び込んだ。驚きを隠せない様子で彼が水面から顔を出すと、は彼に向かって飛び込んだ。反射的に伸ばされた腕は少女を巧く抱きとめたが、彼のマントも、彼女のジーンズも、海水を吸って暗く変色していた。風邪を引きはしないだろうか。ヴィンセントはふと少女を想った。

「なにをするんだ。」
「せっかく、海にきたんですから。」
「寒くは、ないか?」

 季節は初夏であった。まだ海水浴には早すぎる。はたしかに寒さを感じていたのだが、ヴィンセントが平気だといったので、自分も平気ですと答えた。海に突き落としたことを怒られると思っていたので、は其れが少し嬉しくおもった。二人は抱き合った形のまま海中にあった。冷たい水の中に、互いの体温を感じられた。傍から見ると、入水自殺のように思われたかもしれないが、シーズンオフの海岸を訪れる者はいない。の唇が動く。

「このまえ、キス、しました、よね。」

 ヴィンセントはつい数日前の出来事を思い出した。自分の髪を梳きながら笑む少女の唇を奪ったのだ。触れるか触れないかの、接触だったが、はずっとそのことを考えていた。少女は処女だった。又その唇も。初めての意味を求めるのは仕方の無い行動に思えた。

「ああ。嫌だったか、」
「初めてだったんです。驚いたの。」
「悪かった。」
「ううん。」

 ヴィンセントの腕に、少女の柔い肉が当たる。小さな顎が、肩に乗っかっている。細い腕は彼の背にあった。陽が沈みかけ、海を紅く染めている。赤から橙から黄色へ、光は色を変えながら二人を照らした。の腕に力が篭った。男は何だと少女を見つめる。会話に明るくないヴィンセントは、こんなときなんと声をかければいいのかわからなかった。

「潮騒がします。」
「ああ、匂いもする。」

ザザァ

 波の寄せる音だ。彼の紅いマントも波に漂っている。紅いくらげのようだった。

「また、ヴィンセントさんとここに来たいです。ここ、わたしの、お父さんとか、お母さんとか、妹とか、たくさんの優しい人が眠ってるんです。」
「だから、苦しいのか」
「お仕事を、水質調査って依頼されたんですけど、行く決心がつかなくて・・・独りで行ったら、きっと、わたしも仲間に入れて欲しくなっちゃうと思って、いけなかったんです。」
「わたしでも、お前を引き止められるか」
「ばっちり」

 は彼の唇を求めた。閉じられた瞳は、とても長い睫毛に守られるようにして、少し震えていた。濡れて束になったそれは肌に濃い影を落としている。ヴィンセントはいけない、と思った。彼は人ならざる身であったから、彼女を幸せになど出来ないと思っていたのだ。かつて不幸にしてしまった女性の面影が浮かんだ。

「なにも、できないなら、わたしになにか与えることをしてください。キスでも、掌でもいい。わたしはそれだけでとても幸せになります。」

 ヴィンセントは知っていた。であった頃の幼い少女はもういないことを。少しづつ、成長し、美しくなった少女の紅く瑞々しい唇にそっと自分のそれを重ねると、少女は強く背を抱いた。


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22 :25/ OLD
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