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2006'01.19.Thu
静謐は冬の匂いに似た
プリチーの続き④
静謐は冬の匂いに似た




ヴィンセントは旅に出ると云った。少女は其れを奇妙なことだとは思わなかった。彼は人の世と一線をひいていたし、土地にこだわるような男ではないことを知っていたからだ。はそれまで勤めていた街の小さな診療所をから、もらえるだけの薬を買い取り、セブンズヘヴンの仲間に別れを告げた。彼の力も、自分の助けも、活気をとりもどしたこの街にはもはや必要なかった。



「良かったのか。俺はお前の人生を巻き込むつもりはない」
「ちがうよ。わたしはヴィンセントと一緒にもう一度旅をしたいの。それで、どこかで私の力を必要としてくれる人がいるかもしれない。その人たちのやくに少しでも立てたら、罪を償えるような気がするんです」


ヴィンセントはそうだな、と云うと其れきり何も聞かなかった。風が肌を刺す。冬の訪れはとうに来ていた。はマフラーをきつく巻いた。ティファが餞別にとくれたものであった。

ヴィンセントの左手を攫うと、男は冷えた指先で、彼女の小さな掌を握り返す。寄り添うと、足になにか硬いものが当たった。彼の指先がトリガーを引かずに済む日は来るのだろうか、とふと考えた。この優しい人が、真の静謐を知る日は来るのか、とひどく哀しい思いになる。は彼の指に自分のそれを絡め、たしかに今ここにあるヴィンセントのぬくもりと質量を感じていた。

と共にあるとき、ヴィンセントは忘れていた幸せというものを思い出す。ルクレツィア。彼女の容姿が女に少し似ているせいもあるだろう。彼はにかつて愛した女を知らずに重ねていた。彼女の眼差しが、憧れを抱いていたあの輝きを持っていたからかも知れない。


「この旅で、呪いが解けるといいのに。」
「難しいだろうな」


これは罪の証だから。ヴィンセントの呟きにも似た答えには微かに俯いた。彼の背負うものは、魔法の類でなく、狂気じみた科学の結晶であった。呪いは解かれるものではなく、人の手で解くもののように思われる。

復興された列車に乗ると、中はひどく暖かかった。線路はそう長くひかれていない。二人は一番遠くまで運んでくれる列車を選んだ。目的地は無い。もしかするとヴィンセントにはあったのかもしれなかったが、彼が言い出すまでそれは知らないでもいいことだと思っていた。列車は振動を伝え、時折り体が揺らいだ。向かいに坐るヴィンセントは瞳を閉じている。はじっと、彼を見つめていた。美しいつくりをしている。私のまわりには美しい人がおおいな、と彼女は呟いた。


「お前も美しい」


ヴィンセントは目をあけていた。瞳の赤が顕になる。そのなかには自分の姿を見つけた。誰かに、みつめられながら美しい、といわれるのは初めてだった。


「びっくりした。眠ってるとおもってたのに」
「そうか」


ヴィンセントは、はにかむをおだやかに見つめている。
もう誰かを愛することは無いと思っていた彼にとって、それは恐るべきことであった。を愛しいと感じるほど、それは恐怖を帯びていった。あの潮騒のなかで繋がった心が、幸せと惧れを作り出す。背反する2つの感情は、彼の思いを乱していた。このまま、この女を愛したい。しかし自分はすでに人ではないのだ。ヴィンセントはまた瞼を閉じた。


「わたしは、共に生きたいとおおうけど、ヴィンセントさんに私の人生を背負わせるわけにはいかないから、それは望みません。でも、死ぬとき、そのときは、ヴィンセントさんと共に在りたい」


これを思うのもあなたの重荷になるのでしょうか。
は席を立ち、停車中の駅に駆けていった。次の出発までだいぶん間がある。おきっぱなしにされた彼女の荷物をみつめ、ヴィンセントは少女の細い手の感触を思い出した。
あの細い手は。
は共に生きたいと云った。彼の罪も、その意識も全て背負う覚悟をしていたのだ。ヴィンセントは溜息をつく。深い溜息だった。自分がなさけないと独りごちた。

は暖かい飲み物を彼に手渡した。缶は素手で長く持つにはまだ熱過ぎる。ヴィンセントが彼女の手ごと缶を掴むと、驚いたによって缶は床にころがった。重い音がする。ゴロゴロと、缶は車両のどこかへ消えてしまった。


「私は、おまえと共に在りたい」


は笑んだ。表情の豊かな少女であった。彼女は、まだヴィンセントが完全に割り切れていないことをわかっていた。人の心は沿う簡単にかわるものではない。彼の中に住む魔物も、かつての人も、消えることはないのだとよく判っていた。しかし彼はの手を掴んだ。それだけで十分だと思った。
光が差し込める。霧がかかったような冬の空から、陽が姿を現している。




プラットホームは雑な作りだった。今ではどの街でもそうであったが、寄せ集めの廃材で組み立てられた建物。二人はこの日の宿を探した。古い宿であった。はそこでささやかな診療所を開いた。多くの人が深夜まで訪れたが、彼女は疲れを見せることも無く、ずっと手当てをしていた。ヴィンセントは何も手伝えない。彼には人を癒す力はなかった。田舎には回復魔法を使えるものは滅多にいない。傷のすっかり癒えた体で、喜びかえっていく人々を見る彼女の眼差しは慈愛。しかし、中には傷の癒えない人もいた。魔法は、その人の生命力を増幅させているに過ぎない。その力の残っていない者は、何度呪文を詠唱しても効果は無いのだ。そのたびにの目には悲哀が満ち、微かに潤んでいた。
ヴィンセントは彼女が自らの命を削っているように思えてならない。

宿での夜はとても短かかった。村人全てを診終わった彼女は、部屋に戻るなり寝台に崩れ落ちた。深い眠りは男の声でも覚ますことはできない。ヴィンセントは毛布と布団をかけてやり、その隣で眠った。人の体温は冬の夜に暖かい。ベッドがひとつしかない部屋であったが、問題はなく感じられた。

次の街でも、その次でも、は晩になると人々を集めた。医師の要るまちでは、より効果的な治療法を学んだり、教えたりした。戦いの日に、殺してしまった命の分だけの償いをするのだ、と少女は何気なくつぶやいた。


、明日は雨が降る。今日はゆっくり休もう」


夜の空に暗い雲が浮かんでいた。きっと大雨になる。は差し出された男の手をとり、少し顔を傾けて自分をうつす瞳をみた。そっと口付ける。ヴィンセントは困ったように微笑んだ。共に生きよう。言葉が繰り返される。自分はこの女を守っていかねばならない。ヴィンセントは小さな体を抱きしめた。は苦しいと云ったが聞かないことにした。



空は冷たく、冬の匂いがした。


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