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2006'01.20.Fri
於母影(九郎)
於母影(九郎)




 妖しの牙が望美の肌を破った瞬間、頭に血が上っていくのが分かった。俺は軍を率いる立場におり、常に平静を保たねばならないとわかってはいるのに、押し寄せる感情の荒波を押さえ込むことが出来なかった。
 激情の渦は疾風となり、妖しを切り刻んだ。これはなんの臭いだろう。人の血液のそれでも、獣のものでもない。いい加減に慣れてしまったが、怨霊というものには全くもって嫌悪を覚えざるを得ない。
 傷の痛みに顔をしかめた望美の肩を支え、手当てをしようと衣服を剥ぐ。大したことではないと彼女はそれを嫌がったが、華奢な身体に付けられた疵は深く彼女の肉を抉っていた。紅色の瑞々しい肉の隆起に罪悪感でいっぱいになる。神子を守るが責である八葉がその役目を果たせず、すぐ隣りにいたというのに庇うことすら出来なかった。



「望美っ」
「大丈夫ですから、心配しないで下さい」



 弁慶の治療により彼女の疵は跡形もなく塞がっていった。こんなとき、俺は無力だ。彼のように彼女を癒すこともできず、ただぼんやりと立ち尽くすのだ。舘に戻るまでのあいだ、望美を背に負った。彼女は「重いだろう」と恥ずかしがっていたが、小さなからだの重みはあまり感じられず、むしろ少女の柔い肉の感触は心地のよいものだ。
 出来るだけ振動を伝えまいと思うと、自然に歩は遅くなる。弁慶は先に戻っていると云って、既に視界から消えていた。気を使ってくれているのだろう。彼は人の気配に聡く、俺の淡い愛情を見抜けぬわけがなかったから。



「あまり、無茶をするな」
「無茶、なんか、してないです」
「そうか」



 なにを云えばいいのか。お互いわからず、周りの風景だけが変わっていった。背中だけが奇妙なほど熱かった。そこに心臓があるのではないかと、そう錯覚を覚えるくらいに。鼓動が伝わってくれればいい。それによって俺の想いも、この身が存在するという確証も、真実に変わるのだ。
 彼のように、思いを柔らかいなにかに上手く包んで、彼女の心を傷つけぬよう感情を言葉に乗せられたらどんなによいか。不器用に「無茶を」というより、「俺はお前を守りたいのだ」ともし伝えることができたのなら、今この瞬間からも世界は変わっていたかもしれない。それができないのは恐れているからだ。
 彼女は誰かに似ている。かつて俺を強く愛してくれた誰か。優しい抱擁の記憶はもう古くなり、記憶のもっとも混沌とした部分で埋もれ、泥になりかけている。失ってしまったあの優しくまろい腕は誰のものか。



「みんな、頑張ってくれてるから。これくらい、なんてことない。大丈夫だよ、心配しないで九郎さん」



 『大丈夫よ牛若心配しないで』とても愛慕う人がたしかにこういっていた。ひどく美しい人だった。白い肌の肌理は細かく、頬を寄せるとその滑らかさにほっと息が漏れるほどだ。俺の頭を優しく撫でる指は細く、そうだ、血が滲んでいた。



「昔、俺に、そういった人が居た。大切な人だった。彼女は自身を犠牲に俺を救ってくれた。お前がそれと重なって見えるんだ。いつか、おまえがなにかの犠牲になって死んでしまうのではないかととても恐ろしい」



 首に回されている望美の指が見えた。小さな切り傷が人差し指に滲んでいる。血が。血が滴って、赤茶色に乾燥していた。彼女の身体が緊張するのがわかった。柔い肉が張り詰め、かたみが増す。
 指先。声、眼差し。誰だったろうと思い出そうとすると、決まって俺の思い出には天井の梁と空が映る。高い位置から降る声。殺せと叫ぶ声。囚われの美しい人。名は常盤。
 そうだ望美は母に似ている。もうあまり思い出せなくなってしまった母。子の命と引き換えに、清盛の妾に堕ちた母。美しい常盤御前。



「お前に、母上の面影を見る。俺は守れなかった。幼すぎたんだ。俺は望美を守りたいと思う。いや、守らねばならない。けれど、なんて無力なのだと、いつも感じている」



 望美を背負っていてよかったと思った。もし隣を歩いていたら、彼女の視線に耐えられる自信がなかったのだ。深い色をした、彼女の透いた瞳には力がある。抗えない力は時として恐ろしいものだ。
 


「今日だって、九郎さんが守ってくれました。このまえも、そのまえも、初めて会ったときも、今だってそう。もう九郎さんは見てることしか出来ない子供じゃないでしょ、無力じゃない。わたしは九郎さんが居てくれるから、安心して闘える。心を落ち着かせることができるんです。あと、わたしは、あなたを守りたいとおもうよ」



 背に、柔らかい頬が触れた。預けられた頭は重い。沈んでいた心はしかし軽かった。




(不発。母の面影)

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