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2006'01.20.Fri
花の終わり
大正浪漫を書きたい。
天原絅子
伯爵家令嬢。優一郎とは双子。セックスコンプレックス
天原優一郎
伯爵家嫡子。まじめーで暗めな性格。帝國学校へ通う。
姉に対して能力的・美的コンプレックス。
相馬凛太郎(ミハエル・ホーク)
相馬侯爵家傍流。父親はウィリアム・ホークイギリス人。栗毛緑目。優一郎の友人。帝國学校へ通う。
花の終わり

 姉は嫁いでいった。
 とても、弱い人であったというのに。わたしの身代わりとなって迎えの車に乗る姿は、凛とした強さを宿していた。異国へ往く姉。わたしは急に恥ずかしくてたまらなくなった。自らを守るために姉を犠牲にしてしまったのだ。姉はなにか、囁いていた。いまでは彼女が最後になんと言ったのかすら思い出せない。
 昔、そう、とても昔の話だ。


 彼は名を天原優一郎といった。明治維新での功労を認められた祖父は、天原に伯爵という称号を与え、父は鉄道でその名を世間に広めた。優一郎はその嫡子として生まれ、名に恥じぬ人生を送っていた。偉大な父と祖父、美しい双子の姉。彼の母は、彼らを産み落とした際に息を引き取っていたが、彼は何の不自由もなく大きな洋館で十六年間を生きてきた。


 詰襟の学生服は帝國学校へ通う者に許された証だ。隙なく着こなした学ランの首元を少し緩めながら、隣に坐る姉に視線を向けた。


「優一郎、ほぅらみて、新しい異人館があすこに」


最新型の車に乗って彼らは学校へ向っていた。ガラスの外側を指差している絅子は淡い朝陽を受けながら、白い肌を輝かせている。

 彼女は華奢な体を、女学生らしい袴とブゥツで包んでいる。小さな顔に、日本人ばなれした大きな黒い瞳が愛らしい。弟である彼からみても、彼女はひどく魅力的な女性であった。絅子はとても儚い印象を与える容姿をしているが、その通りに体の弱い人であった。最近の学生の間では、自転車で通学するのが流行っていたのだが、彼女の病弱を心配する父親は彼女にそれを赦さない。もとより、彼女は自転車に乗ることなど考えてもいないのだろうが。


 彼女はなにもしない。ただ在って、微笑を浮かべているのだ。もしかすると、彼女に意思はないのではないか、という疑念に駆られることもあった。


「あそこでは舞踏会が行われるそうです。欧化政策の一環ですね。僕はあまり好かない。鹿鳴館は結局、政を乱しました。井上内閣を忘れないだろうに。それは民が行っても同じことです。僕にはそれが好ましいことだとは思えないのです」


 絅子はその瞳に穏やかな、両家の娘の光を浮かべ、笑んだ。優一郎はいつでも嫌いなのねと笑う。
 彼は「そんな事は」ないですよ・と続けようとしてやめた。言葉を紡ぐことをやめると、絅子は一瞬怪訝そうに首を傾げて見せたがすぐにもとの笑みにもどる。
 姉の言う通り僕は総てを憎んでいたのだ。
 憎む、というのは相応しくないやもしれない。敢えて云うならそれは絶望だろうか。僕の心は混沌としている。

 人々はこの明治大正の世を文明開化と褒めはやす。電気に車、機械に政治。僕は江戸を知らないが、そこは不便であれど美しい世だったのだと思えてならないのだ。日ノ本の文明は、西洋の其れと形は違えど、既に花開いていたのだろうに。


「そぉですか。わたくしは興味があるのだけれど、残念ですわね」


 二人を乗せた時速三十キロの車は、大通りを進んで行く。通りの端で、子供たちがこちらを指差していた。

 車が珍しいのか、人々は道をあけながら彼らを眺めてゆく。見世物になったようで気分はあまりよくなかったが、絅子が実に楽しそうに笑っているので優一郎は何も云わなかった。

 彼には一体なにが姉を喜ばせているのか見当も付かない。彼女は多くを語らないし、僕も聞かない。彼らの関係を繋いでいるのは血という絆であり、家という呪縛であった。美しい娘と、よく出来た跡取り。天原にそれ以上も以下も必要は無かった。二人はもっとも近い肉親であると同時に、なんの関係もない他人なのだ。時折、絅子の姿に紗のかかったような幻想を覚える。透き通るように薄く、しかし確実に彼と絅子の交わりを阻む存在。優一郎はそれに気付きながら、しかし気付かない振りをする。


 僕らは壁があってこそ、姉弟として適切な距離を築いていけるのだ。


「姉さんはワルツが、その、下手です。ですから、舞踏館はあまり」
「あら。ひどいことを謂うのですね。あのとき、足を踏んでしまったこと、まだ怒っているの?」
「いいえ」


 絅子はくすくすと笑った。狭い車内にかすれた声が響く。春の朝の、柔い光が彼女の高い鼻梁を照らしていた。この美しいひとが、木漏れ日のように笑っていてくれるのならば、それでもいいと思った。

 卯月の朝は、まだ肌寒さを拭いきれない。絅子はくしゅんと小さなくしゃみを漏らした。車はのろのろと異人館を遠くへ置き去りにした。角を曲がると視界から消えてしまう。

 運転手はお寒いですかと問うたが、彼女はいいえと小さく呟いた。風邪がようやく落ち着いたばかりの彼女は、あまり顔色が冴えない。白い顔に、うっすらと隈のあとが残っている。その一点の曇りさえも、彼女の美貌をさらに助長させるのだ。

 醜男というわけではなかったが、優一郎は姉のように息を呑む美しさを持ち合わせては居なかった。肌は白いが、中途半端に陽にあたり、まばらに色が沈着している。目は黒目がちなだけで、彼女のように力はもたない。姉は、美しい母によく似ているというのに、僕はどうして、彼女たちの美しさをうけつがなかったのだろう。優一郎は卑屈なほどに、彼女に対して引け目をかんじていた。彼女だけではなく、美しい者に対して、彼はひどく弱気になる。彼はそれが自身の自己に対する欲望の裏返しだとは気付いていなかったが。


 煉瓦の敷き詰められた大通りを抜けると、大きな桜の古木が見える。まだ早朝であるにも関わらず、その周りを役人たちが囲んでいた。大木は、卯月の半ばにもなるというのにまだ薄紅の花びらも、新緑もその身に纏ってはいなかった。


「あの、桜を、切ってしまうのかしらん」
「そのようですね。あれは今年も花をつけませんでしたから」


 役人は周囲を測りながら、口々に言葉を放っている。巻尺が幹に当てられ、数字を書き取っている。

ガラス窓に反射する絅子の横顔は表情を見せない。咲かない桜に意味がないことを憂いているのだろうか。いや、彼女は憂いたりなしなだろう。全てをありのままに受け入れ、享受し、どこか遠くから眺めている。


「桜は、とても弱い植物ですのに、どうして乱暴ができるのでしょうね」
 東京に咲く桜は全て染井吉野で、たった一本を起源とするのだ、と以前彼女が言っていたことを思い出した。人に飼いならされてしまった桜は、もはや自身の力ではその種を増やすことすらできないのだとも。
 
 日本人は総じて桜を好いているが、彼女もやはりそう思うのだろうか。花を、鳥を、月を、風を、こよなく愛する姉であるが、特に好いているなにかを聞いたことはなかった。優一郎は思考を濁すように息を継ぐ。


「姉さんも、弱い僕を苛めるではありませんか」
「あら、誤解ですわ。わたくしのこれはあなたへの愛情だといいますのに」


 姉は本当に僕を愛しているのだろうか。絅子の口から愛という単語が出るたびに、彼の心の奥から声が聞こえる。聞こえる声は、屹度幻であろう。
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19 :45/ 自作小説小説・文学OLD
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