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2005'10.24.Mon
涙雨が降り乱る
ガンダムシードのイザーク夢。
ニコルの葬式とそのあと。
涙雨が降り乱る


人々は黒を纏った。

厳粛な空間が肌に伝えるものは、深い哀悼と誰かがすすり泣く声だけだった。
遺影に写る彼だけだ、とても明るく微笑んでいて、その場には凡そミスマッチだと思った。
中身のない棺桶を囲んで、人々は白い鼻をそれに供えた。
美しい純白は、彼の死をまるで賛美するかのように、風に吹かれ花弁を揺らしていた。
隣の男が人知れず透明な涙を零した。
この場でいくら涙を零そうと、それは頗る自然な行為として受け入れられてしまう。
頬を伝い、地へ吸われたそれは、剥き出しの大地のこげ茶を、一瞬さらに暗い色へと変化させたが、すぐ元に戻った。

彼の母親が、彼の名を確かめるように声に出して呼んだが、それに応えるはずの少年はすでに居ない。
「ニコル、」と、彼という人が存在したらしい、彼の名前だけが空に吸い込まれていった。
夫に肩を抱かれ、真っ赤に腫れた瞳からまた水滴を零す彼女は、彼の死を理解していても、やはりどこかで受け入れられずにいるのだろう。

私は只呆然と葬式を眺めていた。
参列した人々と同じく漆黒の装いで、彼の記憶を呼び起こしている。
遠くに賛美歌にも似た、彼が最後に作っていたというピアノ曲が響いていた。精巧なデジタル音。
淡い色の髪をした少女めいた彼が、ふんわりと笑っている映像が頭に浮かび上がった。
スローモーションで展開されていく、博愛的な笑み。
彼はどんなときにもやわらかく、慈しみに満ちた雰囲気を壊さなかったなと、繰り返されてきた日々を思い返した。

「お前の番だ、」

聞きなれた高慢な声が、やけに耳元で響く。
目を赤くした男は、いまにも泣き出しそうに小さく呟くと、黒い列を離れていった。
少し離れたケヤキの下から、私を見守っている。
男が手していた彼への白い献花は、他と同じく重い棺桶のうえに飾られていた。

私は一厘の白薔薇を其処へ手向けた。
以前彼が、私に良く似ていると称したから、私の変わりに彼と共に眠ってもらう。
たとえ肉体は無くとも、魂は拠り所を求め、ここに住まう。わたしは神も魂も信じていなかったが、かつて彼がそれについて優しく語ってくれたのを思い出したからだ。
その時は、一緒に過ごせなかった分の長い時間を、私の化身と共にしてほしい。
金で縁取られた黒い大きな箱が、ゆっくりと暗い穴の奥へと沈められる。
最後に彼の母親が、彼の書き残した楽譜をその闇の中へと葬りながら、大粒の涙を零した。
それはキラキラと光を反射しながら、白い紙と空を舞い、回転して花の上へと落ちる様は、とても美しかった。

私は彼になにをしてあげられただろうか。
彼を守れるほどの力は有していなかったし、支えるには幼すぎた。
私は沢山のものを彼に与えてもらったのに、気づいた時にはどうしようもできない。戀をしていたのだ。少年のうつろい往く聡明な瞳に、知らずに戀をしていたのだ。
彼の母親は最後に、貴女はニコルの分も長生きして幸せになってね、と云ってくれたが、素直に肯定することは出来なかった。

仲間たちは泣くなと腫れた目で云ったけれど、私に出来ることは、ただ、涙を流すことだけだった。しゃくりあげると、誰かの手が肩を抱いてくれた。

*

後部座席の柔らかい皮のシートにだらしなく身を沈めると、背筋を伸ばしたまま座っている隣の男は顔を顰めた。
見るからに神経質そうな男は、一瞬なにかを言いかけたが、口を紡いだ。
今話し掛けても、どうにもならないと理解しているのだろう。
この男の前で泣きじゃくるのは2度目だったから、ぶれ幅の大きい私の性格はとっくにばれてしまっていた。

顔をそむけて窓ガラスを見ると、反射した男が私を見ていた。ガラス越しに目が合ったのを気付かれないように、街路樹に視線を移す。
哀れむように表情が歪められたことが、とても悔しく思えてならなかった。
自分だって悲しいくせに、素直に涙さえ流すことのできないお前のほうが哀れだと、外の景色に揺れる銀髪を睨み付けた。
車の速度に合わせて風景が巡ると、男のプラチナが景色に染まった。

*

葬式の後、どうしても家へ帰る気分にはなれなかった。
あの悲劇の日によって、家を守るはずの明るい光は皆、消えてしまったから。
こんな沈んだ気分で其処に戻っても、気が滅入るだけだ。

「帰らないのか、」

男の声が、誰も居なくなった墓地に響く。
男は黒いネクタイを緩めながら、備え付けのベンチに座る私を見下ろした。
陽に輝く銀は虹の光彩。

「家が無いもの。」
「あるだろう。あの馬鹿でかい家が。」
「誰も居ないの。家は家族がいるから、家っていうのよ」

改めて口にしてみると、覆しようのない真実が、残酷に突き刺さる。
あの家がどれだけ大切で、悲しいものなのか認めてしまったのだ。
一人で居ると、自殺しちゃいそうなのと、独り言のように吐き出した。
男はギョッとしたように、一瞬目を見開いたが、すぐにいつもの調子で死ぬなら戦場で死ねと、叱咤してくれた。
理性の内で葛藤する。
もういっそのこと、あの屋敷を売りに出すか、壊してしまおうか。
そうすれば、この、父や母への未練も断ち切れるような気がした。

「もうすぐ、雨の時間だぞ。」
「風邪ひいてそのまま死にたい。」

男はあからさまにため息をついた。
私に家へ帰ってゆっくり休むことをすすめているのに、私がここに留まり続けるから、あきれているのだ。
挙句の果てには死にたいとまで言い出した女に、何を言えば良いのか分からないのだろう。いっそ莫迦な女と見放してくれてもよかったのだが、そこまで彼も冷徹な男ではないらしい。

男の手のひらが、布に守られた私の腕をつかんだ。
ニコルのように優しくはなかったが、不器用に触れる指の感触は、男の性格を現すように感じられる。
この男は女の扱いをしらないのだ。
きっと力を篭めれば壊れるとでも思っているのだろう。
私達は男が思う以上に頑丈に作られているよいうのに。

「なに、」
「立て、連れて行ってやる。」

男は私を引き上げると、そのまま墓地の外に待たせてある車へ向かった。
彼の墓標を振り返ると、新しい、濃い盛り土が生々しく浮かび上がっている。刻まれた少年の名。愛した響き。
放してと、抵抗すると、少しだけ力を加えられた。
開放する気は無いようなので、大人しく男に從い車に乗りこむ。半ば押し込められるようにしてシートに座り込むと、それは柔かく谷をつくる。
どうせ、あそこにいてもやることはないのだ。
男が飽きるまで世話になっておけば、その間は一人にならずにすむだろう。

*

男は何も言わなかった。
ピシリと糊付けされた背広と同じように、背筋が伸ばされている。
目を瞬いてみると、しみるような痛みはもうしない。
隣で黙って外を見ている男に謝らねばと、ガラスから顔を離し、姿勢を正すと、男はそれに気づき、苦い笑みを見せた。
マリンブルーよりは冷ややかな印象のアイスブルーが上半月に細められる瞬間は、創造よりはるかに暖かいものだった。

「落ち着いたか、」

男はミネラルウォーターを差し出すと、受け取ろうと伸ばした私の指先に微かな震えを見つけ、ふたを開けてくれた。
冷たすぎない透明な水をペットボトルに口付けて飲み込む。
喉が動くたびに、細胞の一つひとつにまで水分が行き渡るような感覚を覚えた。
濃厚な水分が味覚を支配して、やっと自分がこれほどまでに水に植えていたことに気がついた。
砂漠に振った雨のように、それは喉を潤し、精神に柔く働きかけた。
口角からこぼれた一滴の蜜が、頬を伝ってむずがゆい。

「ごめん」
「気にするな。」

誰でも否定的になることはあるのだと、男はまた苦く笑った。
この人はこんなに落ち着いた男だっただろうか。
私の知っていたこと人は、もっと激情のまま、周りに接するまるで押さない子供だったのに。
これでは私のほうが、男を困らせている子供ではないか。
もう一度、ごめんと呟き、同じように微笑んだ。

「私がこんなんじゃ、ニコルも、ねむれないね。」

彼の名を口にしても、以前のような心苦しさは感じられなかった。戀は彼の死と共に永遠になり、かつ不可侵となった。偶像は薄れ往く。記憶が徐々におぼろげになっていくように。
男の表情にも変化は無く、その穏やかな眼差しに、顔の傷がミスマッチだった。
車は安定したスピードで私達を連れ去っていく。
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09 :55/ OLD
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